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楼蘭と中国茶


9 日本市場と中国茶
 1976年楼蘭は、日本で初めて烏龍茶鉄観音3tを輸入します。その後福建省烏龍茶の第一番目の輸入代理店になり、1980年にはピンクレディーが烏龍茶で痩せたとの報道を受けて第一次ウーロン茶ブームを迎えました。このときはまだ烏龍茶飲料の缶やペットボトルも市場になく、消費者の皆様に茶葉で烏龍茶を愉しんでいただきました。1982年に初めて缶烏龍茶が市場に発売され、1990年代に入ると大手飲料メーカーを中心に第二次烏龍茶ブームを迎え、1991年にはわが国の中国茶の総輸入量は、2万tの大台に乗りました。九十年代には、1993年を除きいずれも2万t台を確保しています。 1999年は、2.34万tの輸入で過去最高、その内訳は、プアール茶1600t、ジャスミン茶1200tでその他は、烏龍茶とされています。輸入された烏龍茶の中で1.8万tがドリンク原料とされ、4800tが茶葉及びティーバックの消費とされ、ドリンクでの消費が70%を占めています。 日本茶は約9万tの生産量、2万トン前後の輸入で、現在1.5万t前後がドリンクでの消費です。現在日本茶もドリンクとしての消費が大幅に伸びていますが、茶葉・ティーバックでの家庭での消費は、烏龍茶と比較にならないほど大きい割合を占めています。
 

10 楼蘭と中国茶
   楼蘭はほとんど誰も烏龍茶を知らない時代から、美味しい茶葉を求めて、仕事をつづけてきました。今は故人となった初代社長の甘利仁朗は、夢をもって美味しい烏龍茶の普及に取り組みました。現在数多くの人々の努力を通じて烏龍茶の市場は拡大し、今は日本人誰もが皆烏龍茶を知っているグローバルな時代になりました。伝説の楼蘭王国は、ロプノール湖と共に砂漠になりましたが八王子の楼蘭は美味しい中国茶とお客様のおかげで今年で二十五年目を迎えました。茶葉への興味は、変わらず尽きません。今年からは新たにこのHPを通じて皆様と中国茶の間で仕事ができたらと望んでいます。至らぬところも多いとは存じ上げますが、よろしくご指導ご鞭撻の程お願い申し上げます。