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福建省ウーロン茶の秘境をさぐる ◇ウーロン茶に魅せられて◇ 日本でのウーロン茶のパイオニアとしての実績を踏まえて、楼蘭はこの度、福建ウーロン茶の日本代理店としてウーロン茶の日本市場における取扱いを任されると共に、外国人としてはじめてウーロン茶産地を視察する訪問団の入省を許されました。 ![]() ![]() ![]() 作家、陳舜臣さんを顧問に迎え、楼蘭が派遣した、日本ウーロン茶参観団九名は、香港から中国客船で廿四時間、福建南端の廈門に上陸、そこから自動車で二日間、海岸線を北上、省都福州に至り、更に北部武夷山脈の奥深く、外国人としてはじめて、ウーロン茶の秘境を訪ねました。 ![]() ![]() ![]() 福州から山道を揺られて七時間、建甌という町に着きました。 福建省の中央を流れるみん江(ミンコウ;Mingjiang)を境としてみん南(ミンナン;Mingnan)地方には鉄観音と色種(シキシュ)、みん北(ミンペイ;Mingbei)地方には水仙(スイセン)、というように福建ウーロン茶は大きく分けて三つの茶種に分れますが、この建甌はみん北水仙の中心地です。 ここで初めてウーロン茶の製茶工場を見学。日本茶と異り、醗酵という過程を経て「色は烏のように黒く、形は竜のように雄大にくねっている。」とこからその名を得た「烏竜茶」は、まずその形の大きさによる選別 から重さによる選別を経て最後に醗酵の程度をみる。色の選別は、茶葉の色を肉眼で識別 し、一枚一枚の色を手で選り分けるという気の遠くなるような丹念な方法で厳重に等級分けされていました。30%の醗酵が理想的とのことですが、その選別 の丹念さに私達はただ顔を見合せて驚くばかりでした。 翌日更に車は北上、いよいよ深くなるジャリ道を五時間、ようやくにして武夷山脈の懐深く抱かれた崇安の村に到着。ここは古来有名な武夷茶葉の名産地で武夷の山波に囲まれた高原の一角にあり、空気はよく澄んで空は青く、古い時代の軽井沢を思わせる素朴な美しい村でした。 ![]() ![]() ![]() 鉄観音と武夷水仙 長い伝統を持つ此地の茶業試験所は私達のために数種のウーロン茶を飲み分ける「きき茶」の会を催してくれました。 ウーロン茶の名品といえば、みん南の安渓にのみ産する「鉄観音」と武夷の岩肌にだけ生える岩茶「武夷水仙」の二種が特に名があります。しかし日本では鉄観音だけが有名なためウーロン茶の殆どが鉄観音と表示され、「品不足でまがい物も」(日経五月十六日)と報道されるように、どれが本当のウーロン茶か、消費者は識別するのに困惑しています。 しかしこの武夷での私達の経験のように茶器、湯温を同一に設定し、数種のお茶を煎れて心気を統一し、まず香りだけを静かに味わい、それから少しづつ口に含んで茶味を比べるという方法できき茶すれば、その茶本来の香りと味がおのずから判ってくるのは不思議なほどです。 武夷水仙は最初口に含んだ時は上品すぎて味覚に対する刺戟が小さいけれど飲み終えてから少したつと口の中よりもむしろ喉の奥でふくよかな甘みを感じはじめ、それが長く持続して何ともいえない豊かな余韻を残してくれる不思議なお茶です。他方鉄観音は、一口含んだだけで清幽な香りと豊潤な茶味が口一杯に拡がり、お茶を知らない若者でも一口でとりこにされるような、現代的な名茶です。 ![]() ![]() 武夷の試験所の先生達の表現ですから、武夷水仙に少し肩入れしすぎているかも知れませんが、それにしても武夷水仙「極品」のたとえようもない優雅な風味は、お茶というものの底知れない奥深さを感じさせるに充分でした。 ![]() 幻の岩茶「大紅袍(ダイコウホウ)」 武夷の山奥深く「大紅袍」と呼ばれる天下第一の岩茶の名木があることは古くから知られています。しかしそれはあまりに人里遠く、中国人でもその木を見た人は少く、まして外国人としては私達が初めてだということです。 大王峰や玉女峰、奇岩怪峰を連ねる渓谷に沿って竹竿を杖に喘ぎ喘ぎ登りました。 ![]() 峡谷の急峻な両岸には石垣が階段状に積み上げられ、その上に僅か数本づつ武夷の岩茶は厳しい自然の中でより厳しい自然を求めて高くへ高くへと植えられていました。登ること数時間、私達の前に「大紅袍」と赤く刻みこまれた大岩壁が現れました。垂直の岩壁の途中の岩棚に石垣を積み、畳一枚程の石くずの上に正木を挟んで副木が三本、高さ一米程の四本の名木が狭い岩棚に寄り添っていました。皇帝献上茶として古来有名なこの名木は石垣を紅の布で覆っていたのでこの名がありますが、厳しい自然のみが生み出す武夷岩茶の象徴として、茶の真髄を現代に伝えて硬い岩肌に根づいていました。 とうとうここまで来たのだなあと感慨無量の私達は、四千年の歴史に磨きぬかれ、厳しい自然に耐えて育くまれるこのウーロン茶の真髄を日本の人達に正しく伝えねばならない責任の重さをひしひしと胸に感じました。 ![]() |
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